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転職の理由

22年前のできごと

現在の会社で働く前、1976年 由緒正しい信号機
メーカに入社。オイルショックの影響が最大の時期で
3月まで就職が決まらない仲間が かなりいた。

当時、オーディオ全盛期で第一志望はS??Yだった。
学生時代はセミプロで、受注生産でカスタムAMPを
造ることも、また メーカ品を店頭で売ることもしていた。

実は、ゼミの先輩の引きで、かろうじて職に就けたのだ。
残念ながら、オーディオを職にはできなかった。
家庭の事情で、大学院へも進めず 失意の人生開始。

そこの、研究開発室で 9年を過ごしたが、転職の理
由は会社幹部への 失望であった。社長の一言で、な
んという 会社=社長 だろうと・・。

1980年だったと思うが、長崎の大洪水 翌1981
年の島根の大洪水で 300名くらいの死者が出た。
死亡原因は、大雨による土石流で 家屋の流出や河川
の氾濫が原因であった。

国(建設省)は、この災害の対策として、今後 事前に
予知・警告できる装置が必要と判断し 各社へコンペを
提案。建設技術評価制度という、民間の技術導入を図る
という取り組みであった。

この試作機を、当時のK社長が内覧に見えて、つぶやい
た言葉をわすれもしない。開発技術者を目の前にして 
「この装置は、いい。機能するかしないかは関係なく
導入が決まれば一定の量が売れる」動機が不純というか
卑しいというか 国家が国民の安全確保を目的に努力し
ようとしているのに、税金ドロボー。

現在、土石流危険渓流には かなりの割合で見かける。
社会の役に立っていると信じるが、こんな会社で働くの
はいやということで 転職した。

いま働いている会社には、会社の存在意義は何かとい
う哲学があり、発展を続けている。前の会社は、その後
やはり成長性に課題があり、そこそこで かつ政府の民
営化路線の影響で苦労していると 風の噂。

T*T*機器向けの おしりを洗う便座など たくさん
の開発テーマを体験できたのは 収穫ではあったが。
経営品質とは経営者品質であると思うのは、こういうこと。

当時 開発した製品の1つ 超音波式速度感知器

http://www.trafficsignal.jp/~iida/ko-sens.htm

最後の#226は 著者の特?(この話題は5月1日)

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